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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)2809号 判決 1972年7月27日

原告 田代善次郎

右訴訟代理人弁護士 熊木正

同 床井茂

弁護士熊木正訴訟復代理人弁護士 板垣光繁

被告 大日不動産株式会社

右代表者代表取締役 高橋義博

右訴訟代理人弁護士 荒木勇

同 奥田一男

同 吉原歓吉

右訴訟復代理人弁護士 塚越幸弥

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  請求原因一の事実のうち本件各不動産(但し本件不動産(三)(2)を除く)に本件各登記が経由されていることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、請求原因一記載のとおり、原告と作間及び訴外会社間の金銭消費貸借契約が存在し、本件各不動産(但し本件不動産(三)(2)を除く、以下同じ)につき右債務を担保するため抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約及び賃借権設定契約が締結され、前記のとおり本件各登記が経由されたものであることが認められる。

また、≪証拠省略≫によれば、事実摘示第三、二、1記載の約定で被告が作間及び訴外会社から本件各不動産を買受けたことが認められる(なお、≪証拠省略≫によれば、本件不動産(一)は三ツ石一〇六〇番一七六宅地一二二・二八坪、同(二)は三ツ石一〇六〇番二六一宅地一二九・九五坪、同(三)は三ツ石一〇六〇番九七、一一三、三〇六、三〇七所在専有部分の家屋番号一七二、一〇六〇の九七の二であったが、昭和四二年八月二三日の土地区画整理法の換地処分により別紙一物件目録記載のように表示が変更されものであることが認められる。)。

二  被告による本件各不動産の所有権取得登記の経由及び本件各登記の抹消登記に関する請求原因二の事実は当事者間に争いがない。そこで、右抹消登記の適否について判断する。

1  被告主張の別紙二記載のような内容の本件調停が原告と作間及び訴外会社間に成立したことは当事者間に争いがなく、その第一項及び第六項により本件調停成立時点(昭和四二年五月二二日)における作間及び訴外会社が原告に対して負担する金銭債務の総額は金二、一〇〇万円であることが合意の上確定されたものと認めることができる。そして、本件調停条項中には本件各登記の抹消に関する部分はなく、少くとも、条項上右金二、一〇〇万円と本件各登記との関係は必ずしも明確ではないが、本件調停は請求原因一記載の本件各不動産により担保されている元本金二、一〇〇万円の債務を含めて前記のとおり成立したものであることは明らかであるから、本件調停による金二、一〇〇万円が完済されれば、原告と作間及び訴外会社間には金銭債務が存在しないことになる結果、本件各不動産につき原告の右両名に対する請求原因一記載の債務を担保するために設定された前記抵当権等はすべて消滅し、原告は本件各登記を抹消すべき義務を負うに至るものと解される。

2  もっとも、≪証拠省略≫によれば、原告と作間及び訴外会社において原告が右両名に対して有する債権関係について争いがあったため、右両名が原告を相手方として東京簡易裁判所に調停の申立をなし(昭和四一年(ユ)第三一号)、その結果本件調停が成立するに至ったが、右調停手続と併合して右当事者間で、対税面を考慮して調停条項上は右両名が合意に達した債務額より少額の債務額を確認するにとどめ、別途に裏契約を締結して合意に達した債務額を確認することについて話合いが進行し、調停条項上の債務額を金二、一〇〇万円、裏契約上の債務額を金四、六〇〇万円とするとの合意に達したこと、かくて、本件調停及びこれと時を同じくして別紙三の覚書記載のような内容の裏契約が成立し、右当事者間では専らこの裏契約により債務処理をなすことが合意されていたことが認められる。

右裏契約によれば、作間及び訴外会社は原告に対し本件調停により確認された金二、一〇〇万円の貸金債務のほか、金二、五〇〇万円の債務をも負担していて、原告は右両名より右合計金四、六〇〇万円の弁済を受けるまで本件各不動産に対する抵当権を維持することが定められている。この内容と本件調停条項を対比すると、原告は右両名から金二、一〇〇万円の支払を受ければ裏契約にふれられていない本件各不動産につきなされている所有権移転請求権保全の仮登記及び賃借権設定登記を抹消すべき義務のあることは本件調停条項上明らかであるが、抵当権設定登記の抹消については本件調停と裏契約による合意は牴触することになる。

3  もとより、調停は確定判決と同一の効力を有するとはいえ、それは私法上の合意を内容とするものであるから、私法上の無効、取消事由の存在、解除条件の成就、債務不履行による解除等による場合のほか、当事者が解除契約その他の合意によって遡及的に又は将来にわたって、その効力を消滅、変更させることが許されないわけではないが、前記のように、調停による合意の効力を部分的に否定する趣旨の下に調停成立と時を同じくして裏契約が締結された場合、その調停及び裏契約の関係をいかに解すべきかは問題である。

ところで、本件においては、≪証拠省略≫によれば、被告は昭和四二年六月下旬作間及び訴外会社から本件各不動産を担保に約金五、〇〇〇万円の融資をすることを求められたものの、既に右不動産には本件各登記のほかに多数の担保権の設定登記があったため躊躇したが、その際、被告の代理人として衝に当った高橋照忠(被告会社の監査役)は作間から本件調停条項を示され、原告に対する関係では金二、一〇〇万円を支払えば本件各登記が抹消される旨伝えられたので、これを信じ、前記裏契約の内容を知らずに前記のように本件不動産を買戻約款付で買受けることとしたことが認められ、この認定をくつがえすべき証拠はない(≪証拠省略≫も仔細に検討すれば高橋が右契約当時において裏契約の内容を知らなかった趣旨をうかがうことができるのである。)。

4  以上の関係は裏契約に明示されている本件各不動産の抵当権設定登記についてみる限り、調停手続においては原告は作間及び訴外会社に対し金二、一〇〇万円の支払いを受ければこれを抹消することを約したが、右当事者間の真意は抹消登記に必要な金員を金四、六〇〇万円とすることにあったものというべきところ、本件不動産を取得して利害関係を有するに至った被告は裏契約の内容、即ち右当事者間の真意を知らずに調停による合意の内容のみを信じていたものであるから、あたかも、虚偽表示の法律関係に善意の第三者が出現した場合に類似する。従って本件の場合もこれと同様に解決するのが相当であり、これによれば、原告は善意の被告に対して右裏契約をもって対抗することはできないというべきであるから、本件各不動産につき抵当権を有する原告とこれを取得した被告との法律関係は本件調停条項によって処理されることになる。

三  次に、作間が昭和四二年七月一七日高木正を通じて原告に対し金二、一〇〇万円を支払ったことは当事者間に争いがなく、原告は右金員は裏契約による金二、五〇〇万円の一部として受領したものであって本件調停条項に定められた金二、一〇〇万円として受領したものでない旨主張する。しかし、別紙三記載の裏契約によれば、作間及び訴外会社は先ず本件調停条項に定められた金二、一〇〇万円を支払い、その一年後に金二、五〇〇万円を支払うことが約されているのであるから、右金二、一〇〇万円は本件調停条項による債務に充当されたものとみるべきであり、右約旨に反して、裏契約分に充当すべき特段の事情も認められない以上、右主張に副う≪証拠省略≫は措信することができず、また≪証拠省略≫も右認定の妨げとはならない。

四  以上の事実によれば本件各登記原因である実体上の権利は本件調停により定められた金二、一〇〇万円を原告が受領したことにより消滅したものということができる。原告は別の土地の所有権移転のため古野弁護士に交付した委任状、印鑑証明書を被告が冒用したとの理由で本件各登記の抹消登記手続の効力を争うが、右のように本件各登記の抹消が実体関係に符合するものである以上、手続上の瑕疵は右抹消登記の効力に影響を及ぼすものではない。

五  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

<以下省略>

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